【俺物語】代表 福田祐樹
美容師歴20年。
ようやく見つけた僕の美容師としての軸
今年で、美容師になって20年になりました。
今振り返ると、本当にあっという間の20年でした。
20年前の僕が、今の自分を見たらどう思うんでしょう。
美容師を続けていること。
自分のお店を持っていること。
「美髪」というものに、ここまで本気になっていること。
そして、一緒に働くスタッフや、大切なお客様に囲まれていること。
きっと、想像もしていなかったと思います。
せっかくの20年という節目なので、少し僕の歩いてきた道を振り返ってみようと思います。
美容師になろうと思った、最初のきっかけ
学生時代の僕は、部活中心の毎日でした。
高校は進学校。
周りには大学進学を目指す友人も多くいました。
でも、僕自身は将来何をしたいのか、正直よく分かっていませんでした。
そんな頃、世の中はカリスマ美容師ブーム。
雑誌やテレビで活躍する美容師たちが、とにかく輝いて見えました。
「美容師って、かっこいいな」
最初のきっかけは、本当にそれだけでした。
その憧れだけで、美容学校への進学を決めました。
今考えると、ずいぶん単純ですよね。
でも、その小さな憧れが、僕の20年を作る最初の一歩になりました。
19歳で初めて知った、美容業界と社会の厳しさ
就職活動では、憧れていた原宿の有名サロンを受けました。
5人で面接を受けたのですが、僕に対する質問は一切ありませんでした。
そのチャンスすら、与えてもらえなかった。
19歳。
中途半端な気持ちでは、誰も響いてくれない。
美容業界、そして社会の厳しさを初めて知った瞬間でした。
そこから始まった14年間のサロン人生
その後、ご縁があり、教育に力を入れているサロンへ就職しました。
そして気づけば、そこで14年間お世話になることになります。
技術を磨き、仲間に支えられ、とにかく毎日ガムシャラでした。
営業が終わってから練習。
夜は日を越えるまで練習する日もありました。
上手くなりたい。
お客様に喜んでもらいたい。
認められたい。
ただ、それだけで走っていたように思います。
頑張っている。でも、結果が出ない
教育、店舗運営、新メニューの開発、コンテスト。
ありがたいことに、たくさんの経験をさせていただきました。
でも、自分の中ではどこか中途半端でした。
当時は上にたくさんの先輩スタイリストがいて、思うように入客することもできませんでした。
当然、売上も思うようには上げられない。
その一方で、先輩たちが少しずつ退社し、ポジションが空いていきました。
当時は男性美容師が少なかったこともあり、僕は年齢とともに役職が上がっていきました。
でも、自分自身が圧倒的な結果を出して上がったわけではありません。
だから、店舗をまとめようとしても自信がない。
成績を作っても成果につながらない。
新しいメニューを作っても売上につながらない。
コンテストで結果を出しても、どこか満たされない。
「何のために働いているんだろう」
そんなことを考えるようになりました。
一度は、東京の有名サロンへ行こうとした
そんな日々が嫌になり、僕は有名サロンの中途採用試験を受けようと考えました。
環境を変えれば何かが変わるんじゃないか。
もっと上を目指せるんじゃないか。
そう思っていました。
でも、ちょうどそのタイミングで、僕がよく気にかけていた男性の後輩がスタイリストデビューすることになりました。
「自分が見てあげないと」
そう思った僕は、転職をやめ、今のサロンに残ることを選びました。
30代。そして、長女の誕生
30代になる頃には、仕事だけではなく人生そのものについて考えることが増えていきました。
そして、長女が誕生しました。
生後2ヶ月で保育園へ。
美容師という仕事柄、土日の保育園行事にも仕事で参加できないことがありました。
仕事は大切。
美容師も大好き。
「この働き方を、この先もずっと続けていくのか?」
家族ができたことで、それまでとは違う視点から自分の人生を考えるようになりました。
「この人とはやっていけない」
そんな頃、当時のオーナーから、
「先輩スタイリストと共同経営をしないか?」
というお話をいただきました。
ありがたいお話でしたし、当時の僕はその話を受けました。
ところが、実際に経営について話していく中で、先輩たちとの考え方や経営方針の違いが少しずつ見えてきました。
「この人とは、やっていけない」
誰が正しい、誰が間違っているという話ではありません。
ただ、自分が本当にやりたい美容室とは何なのか。
自分はどんな責任を持って仕事をしたいのか。
そこを真剣に考えるようになりました。
僕の人生を変えた、前田秀雄さんとの出会い
そんな中、京都にある「のりこ美容室」の前田秀雄さんのセミナーに参加しました。
この方との出会いが、僕の人生を大きく変えることになります。
「当たり前のように言われていることを疑う」
クリティカルシンキング。
その言葉を聞いた瞬間、
「これ、まさに僕がずっと思っていたことだ」
みんながそうしているから。
美容業界ではそれが普通だから。
昔からそうだから。
本当に、それでいいのか?
そして、
「自分のやりたいことを、行動に移していいんだ」
そう思えた瞬間でした。
セミナーからの帰り道。
一緒に参加していた先輩に、電車の中で退社の意向を伝えました。
「自分の責任の中で、やりたいことをやろう」
退社を決めてからの1年間
その後、当時のオーナーにも退社の意向を伝えました。
ただ、退社日は1年後にしました。
当時、僕は店長職。
担当させていただいているお客様。
一緒に働いているスタッフ。
仕事の引き継ぎ。
それらを途中で投げ出して辞めることだけはしたくありませんでした。
それが、14年間育ててもらった前サロンへの僕なりのケジメでした。
この1年で教えられることは、すべて伝える。
ここまで美容師として育ててくださったお客様へ、感謝を返す。
「このサロンで働く美容師としての最後の仕事」
そう思い、すべてをこの1年に費やしました。
僕が見つけた「美髪」という道
当時の僕が得意としていたのは、カールアイロンで作る巻き髪スタイルでした。
でも、日本一上手いわけではない。
僕は、いつまでも現場にいたかった。
何歳になっても美容師として、お客様の髪に触れていたかった。
そんな時に出会ったのが、
美髪
キュア=治療
自分が病気になった時、経験の浅いドクターより、経験豊富なドクターに診てもらいたいと思うことがあると思います。
美容師も同じなんじゃないか。
年齢と経験を重ねるほど、髪や頭皮について深く考えられる美容師になればいい。
経験豊富な美容師だからこそ、強くなれる分野がある。
「お客様の人生を考えられるサロンを作ろう」
人生。
フィンランド語で、
elämä
2020年、エラマ始動。そしてコロナ
2020年1月。
14年間勤めたサロンを退社しました。
2020年4月。
エラマが始動します。
そう。
コロナという、とんでもないお土産付きです。
「美髪」を掲げてスタートしたものの、
本当にこれでいいのか。
自分が信じた道は間違っていないのか。
自問自答する日々でした。
それでも、僕が信じた道に、たくさんのお客様がついてきてくださいました。
そして、スタッフもついてきてくれました。
感謝しかありません。
だから今、僕の美容師としての使命は、
「24時間、美髪につながるものを探すこと」
新しい薬剤はないか。
もっとキレイになる方法はないか。
僕たちの想いを、もっとお客様に届ける方法はないか。
お客様が望まれる「最高の美」とは何なのか。
当たり前のように、毎日探しています。
美髪を突き詰めた先で、また出会いがあった
美髪を突き詰めていく中で、「タモさん」という方に出会いました。
自ら考えた薬剤を提供され、
「平均ではなく、日本一を目指せ」
そう伝えてくださる方です。
マニュアルに当てはめて平均を求めるだけなら、誰でもできる。
美髪の先には、まだまだ遠いゴールがある。
いや、きっとゴールなんてない。
髪を複雑化させたのも美容師なら、その責任を全うするのも美容師。
だからこそ、誰にもできない技術が必要なんだ。
「僕の今は、本当に当たり前なのか?」
クリティカルシンキングする。
するとまた、新たな出会いと技術に巡り合うことができました。
エラマは、誰の人生なのか
今、僕が思うことがあります。
エラマは、お客様の人生に関わる場所です。
でも同時に、スタッフの人生であり、僕自身の人生でもあります。
昨日まで好きだったものが、今日は少し違う。
そんなことだってあります。
人の気持ちも、価値観も、人生も変わっていく。
人生は、マニュアルじゃない。
だから僕たちがすることは、決められた答えにお客様を当てはめることではありません。
ただ、目の前の一人を見る。
そして、その一人のためだけに今できることを精一杯尽くす。
お客様にも。
スタッフにも。
僕のエラマは、そんなエラマです。
そして今、もう一つの夢ができました
7年前に生まれた娘も、今では小学生になりました。
そんな娘の夢は、ずっと美容師。
「いつかエラマで美容師として働きたい」
と思ってくれています。
前の職場にいたままでは、叶えてあげられそうになかった夢。
でも今なら、
エラマなら、その夢を叶えてあげられる。
僕が歩いてきた美容師人生の先に、娘が自分の未来を描いてくれている。
それは僕にとって、本当に嬉しいことです。
娘の夢を叶えられる場所として、エラマを続けていくこと。
それもまた、僕の新しい目標のひとつになりました。
美容師20年。そして、これから
20年前。
ただ「美容師ってかっこいいな」と思った少年が、美容師になりました。
何をしていいか分からなかった20代。
認められたくて必死だった30代。
そして40代。
ようやく、お客様のために本気で美を提案するという、自分なりの美容師としての軸を見つけることができました。
でも、この物語の続きは僕一人では紡ぐことができません。
髪のことを思った時に、エラマファミリーの顔が浮かぶ。
「あ、聞いてみよ!」
「なんか聞きたいな」
そんな時に、気軽に連絡できる家族のような存在。
それが、今のエラマでありたいと思っています。
この物語の続きは、
お客様と一緒に作っていく物語です。
さて。
どんな物語にしていきましょうか?
僕自身の物語のペンは、ここで一度置こうと思います。
20年間を振り返る
「俺物語」のペンは、これで最後です。
でも――
エラマ物語のペンは、
これからさらに加速することになりそうです。
20年間、本当にありがとうございました。
そして、これからのエラマも
よろしくお願いいたします。